通り雨

早朝からのアルバイトが終わって、昼間のひどい土砂降りの中を駅まで歩いてきた。

黒い布のスリッポンを履いていたせいで靴下までずぶ濡れてしまった。

 

今日は朝から忙しかった。

まず電車がえらく混み合っていて、体を押し込めて乗車したせいでポニーテールがドアに挟まれて動けなくなってしまった。挟まれなくてもどうせ動けないんだけど、人の距離がとても近いせいで「どんまい」みたいな顔をする女の子もいて、ちょっと恥ずかしい思いをした。逃げるように電車を降りてお店に向かった。

平日だからきっと退屈だろうって思っていたのに、お店の扉を開けた瞬間スタッフの「少々お待ちください!」という声が聞こえてきて、小走りでエプロンに着替えてお店に出なくてはならなくなった。

朝の空はまだ晴れて風も吹いていたから、お店の前の通りを風に飛ばされそうな日傘を握りしめてゆっくり進む女の人を見て、傘を閉じて走った方が紫外線に当たる時間も短くて済むのかも知れない、なんて考えていた。

 

昼過ぎにはもう雨が降り出して、私の帰宅時間にピークを迎えたようだった。

6月の末はもう真夏みたいに気温が高くて、生ぬるい水がビチャビチャ当たるのは気持ちが悪かった。

やっと乗り込んだ電車の中には傘を持ってない人が結構いて、びしょ濡れで乗り込んできた私を見て面倒くさそうな顔をしていた。

 

平日の昼間の電車は人が少なくて、走る電車の轟音が響いているのになんだか静かな空間に座っているような気分になる。

袖の濡れた私がなんとなく身を小さくして座っている間にも窓にはシャワーみたいに雨が降り注いでいて、私が降りるたった2駅先じゃまだまだ止みそうもなかった。

 

ワンマン電車から降りると、古くて小さな駅の屋根から滝みたいに雨水が流れ落ちていて、その下の土の地面に穴があくんじゃないかってくらいの勢いだった。土ってそんなにたくさんの水を吸えるのかな。吸いきれなかったら一体どこにいくんだろう。沼になるのかな。

そういえばコンクリート道路の端っこは少し凹んでいて、水たまりの中をわざと歩いていような気分だったけど、これは排水溝があるせいでこんなことになっているのかな。おかげでスキニーのくるぶしの上まで水がたっぷり染み込んでしまった。

 

雨も多すぎると霧みたいに視界が悪くなって100m先は白いヴェールがかかったように見えるので、真ん中を通ると車に轢かれそうで怖かった。

傘の中にいるとバタバタと雨が打ち付けられて外の音もあんまり聞こえなくて、水の檻ごと移動しているような気分になる。

強風で斜めに雨が吹きすさんで、檻もだんだん小さくなって、雨に当たっていないのはもう肩から上くらいだった。

美容院をサボったせいで胸の下まで伸びた髪の毛も少しだけ濡れているのがわかって、なんだか服がずぶ濡れるよりももっと汚れてしまったような気持ちになった。

 

増水して濁った川の近くを通った時、水に濡れた土の匂いがして、子供の頃を思い出した。

昔から外遊びをしない子供だったのに、なんでそんな匂いのことを覚えているのか自分でも不思議だけれど、これって原風景みたいなものかもしれない。いつかの私はきっと濡れた地面にしゃがんでカエルでも触ってたんだろう。

 

家についてシャワーを浴びて扇風機に当たっていると気分も晴れたので、冷凍庫に隠してあったバンホーテンのバニラを掬って食べた。

ちょっと高いトリートメントをしたのに髪の毛がバサバサしている気がして、スキンケアしながら美容院に予約の電話をした。

 

窓の外を見るともう雨は止んでいて、なんだか通り雨に遊ばれたような気分になった。

明日になって髪の毛を整えたら、きっと雨のことも忘れてるんだろうな。